吉野彰氏のノーベル化学賞受賞と今後の日本の科学研究①

吉野彰氏のノーベル化学賞受賞と今後の日本の科学研究①

2019年10月9日に本年のノーベル化学賞の受賞者が発表され、リチウムイオン電池の開発で吉野彰氏(旭化成)の受賞が決まりました。また、本年の受賞は、ジョン・B・グッドイナフ氏(テキサス大学)マイケル・スタンリー・ウィッティンガム氏(ニューヨーク州立大学)、吉野氏のリチウムイオン電池関連の3氏の同時受賞となります。

日本人の化学賞の受賞は、フロンティア軌道理論の福井謙一氏(1981年)、導電性高分子の白川英樹氏(2000年)、不斉水素化反応の野依良治氏(2001年)、MALDI法の田中耕一氏(2002年)、緑色蛍光たんぱく質の下村脩氏(2008年)、Pd触媒によるクロスカップリング反応の根岸英一氏(2010年)、鈴木章氏(2010年)に続く9人目の受賞となります。

ここでは、吉野氏の受賞を記念して、吉野氏の業績等簡単な紹介と今後の日本の科学研究の展望を述べたいと思います。前編では、リチウムイオン電池と吉野氏の業績についての紹介になります。

 

リチウムイオン電池とは

スマホを可能にしたリチウムイオン電池

リチウムイオン電池はスマホやタブレット、PCなどに用いられる二次電池で、小型・軽量、高出力という長所を持った電池です。現在の生活に欠かせないスマホですが、スマホはリチウムイオン電池の実用化が可能にした技術といっても過言ではありません。それは、携帯電話の小型化と多機能化には電池の進化が必須だったからです。

リチウムイオン電池が主に用いられる前はニッカド電池やニッケル水素電池がメインでしたが、これでは消費電力の大きなディスプレイを載せると今のスマホの電池より3倍以上大きな電池が必要になります。このため、ニッケル水素電池等では”ガラケー”が限界で、リチウムイオン電池がなければ、現在あるような薄く高性能なスマホはなかったかもしれません。

 

リチウムイオン電池の仕組み

リチウムイオン電池の仕組みを簡単に説明すると、充電時にLi+イオンが負極に移動し、放電時にはLi+イオンが正極に移動することで放電し、電池としてはたらきます。詳しくは、リチウムイオン電池の仕組みをわかりやすく解説している動画があるのでこちらをご覧ください。

 

受賞が決まった三氏の功績

今回の受賞した3人の業績を簡単に説明すると以下のようになります。

①Li+イオンを移動させると電池になるというアイデアを見つけたのがウィッティンガム氏
②実際のリチウムイオン電池使われている正極材を見つけたのがグッドイナフ氏
③負極材に炭素素材が使えることを見出し、電池を完成させたのが吉野氏

 

 

電池の性能を大きく左右する正極と負極

電池を構成する主な要素(主要部品)は、正極材、負極材、電解質、セパレータの4つです。この中で特に、正極材と負極材の組み合わせで電池の理論的な性能はほぼ決まります。そして、その組み合わせを実現するために、適切な電解質やセパレータを探すことになります。

今回の受賞でも、リチウムイオン電池のアイデアを考えたウィッティンガム氏だけでなく、電池の性能を大きく左右する正極材、負極材を見出したグッドイナフ氏、吉野氏の功績が大きく評価され、3氏の共同受賞となりました。

 

吉野氏の功績の背景ある二人の日本人ノーベル化学賞受賞者

リチウムイオン電池の負極材は炭素素材が使われていますが、吉野氏が負極材として炭素素材を用いるに至った背景には、二人の日本人ノーベル化学賞受賞者の研究があります。一つは、白川氏の導電性高分子(電気を通すプラスチック・炭素素材)です。白川氏はポリアセチレンという高分子素材に臭素やヨウ素などを微量添加することで、導電性の高分子素材を開発しましたが、吉野氏はこのポリアセチレンを電池の負極材に使いえないかと考えたのが、炭素素材に至った直接的な考えの始まりでした。

もう一つは、福井氏のフロンティア軌道理論です。これは少し難しいですが、ざっくりいうと、化学反応は電子が存在している電子軌道のうち、最もエネルギー準位が高い(エネルギーの大きい)軌道(HOMO)と電子が存在しない電子軌道のうち最もエネルギー準位の低い(エネルギーの小さい)軌道(LUMO)によって説明できるというものです。この理論が元となり、白川氏がポリアセチレンを導電性高分子として見出し、さらには、吉野氏がリチウムイオン電池の負極材として炭素素材を用いるに至ったのです。

つまり、今回の受賞から、福井氏から白川氏、そして吉野氏へと研究のバトンがつながっている(それも日本人から日本人へ!)ことがよくわかります。

 

リチウムイオン電池は日本初の技術

世界で初めて実用化したのはあの企業

今回日本人で受賞となったのは、吉野氏だけですが、リチウムイオン電池の開発は日本が先端を走ってきました。有名なところでは、グッドイナフ氏の正極材の発見は水島公一氏(東大・東芝)との共同研究でしたし、ほかにも多くの日本の大学や企業が盛んに研究・開発を行っていました。

また、世界で初めてリチウムイオン電池を実用化したのも日本の企業です。どの企業かというと、皆さんもよく知っているソニーです。ソニーというとウォークマンやプレイステーションなどを思い浮かべるかもしれませんが、実は電池の開発も行っており、世界初のリチウムイオン電池の実用化に成功しました。

このソニーの後を追って、東芝と旭化成が共同で実用化に成功し、三洋電機やパナソニックといった日本企業が世界に先駆けて次々と実用化していきました。そして、これらの企業が中心となり、世界のリチウムイオン電池の研究・開発をリードしてきました。

 

佳境に差し掛かった日本の電池研究・開発

長きにわたりリチウムイオン電池の業界を引っ張ってきた日本企業ですが、近年は市場が価格競争の様相を呈してきたこともあって、中国や韓国の企業に押されています。特に最近は中国の企業が活発で、世界各地でリチウム鉱山を開拓し、安価に生産・供給しています。こうした状況もあり、世界で初めてリチウムイオン電池を実用化したソニーも撤退を決め、リチウムイオン電池の事業部門を2017年に村田製作所へ売却しました。

リチウムイオン電池業界で中国企業が台頭してきたことで、日本の電池の研究・開発は佳境を迎えています。これからも電池の分野で先頭を走るためには、リチウムイオン電池を超える新しい電池の研究・開発が必要となってきたのです。その一つとして、全個体型リチウムイオン電池という、これまでのリチウムイオン電池の”進化版の電池”があり、これについては日本は研究の最先端にいます。しかし、その他の電池については、これまでリチウムイオン電池の研究・開発に注力してきた日本は出遅れています。「今後、どのような次世代電池の研究・開発に注力すべきか?」日本の電池研究・開発は、まさに佳境を迎えています。

(中編につづく)